
2026年3月、日本の菓子市場は一つの大きな転換点を迎える。その主役を担うのは、「お口の恋人」のキャッチフレーズで知られる菓子メーカー・ロッテだ。
1948年の創業以来、チューインガムを皮切りに、チョコレート、アイスクリームと、常に日本の「甘い記憶」を塗り替えてきたロッテですが、実はビスケット事業においても2026年で50周年という大きな節目を迎える。
この記念すべき年に、従来のビスケットの常識を打ち破るべく投入するのが、13年ぶりの新ブランド「Theシリーズ」である。

成熟した「ビスケット市場」において、なぜ今、既存の概念を覆す挑戦に踏み切ったのか。発表会で明かされたその戦略と、新ブランドが提示する「Theシリーズ」とお菓子の未来に迫ってみたい。
1. ロッテとビスケット:半世紀にわたる「進化」の歴史
ロッテがビスケット市場で独自の地位を築いてきた背景には、単なる「乾いた焼き菓子」に留まらない、ヨーロッパの技術を取り入れた飽くなき開発姿勢がある。
ロッテがビスケット事業への本格参入を果たしたのは1976年のこと。当時の日本は1973年のオイルショックによる深刻な不況下にあり、消費者の間では「低価格かつボリューム感のある菓子」への渇望が高まっていた。その中で、ロッテがビスケットに商機を見出したのには、経営戦略上の明確な「2つの参入理由」が存在する。
①家庭での常備性と量産への期待:ビスケットは家庭で日常的に消費・常備される「ファミリー商品」であり、安定した量産品としての成長が期待できた点。
②季節変動の少なさ:すでにチョコレートやアイスクリームを主力としていたロッテにとって、夏場の需要減など季節による消費変動が少ないビスケットは、年間を通じて安定した収益基盤を作るための「季節に左右されない柱」として極めて重要だったのだ。
常識を塗り替えた「しっとり」への執念
1970年代後半、日本の菓子文化に劇的な変化が訪れる。ヨーロッパの菓子名店が次々と国内のデパートへ進出したことで、消費者の舌は「本場の味」を日常的に意識し始めたのだ。1980年代に入ると、社会全体が贅沢・高級志向へと一気にシフト。こうした時代の変化をいち早く捉えたロッテは、1983年に『ケーキの美味しさを手軽に』楽しめるという、当時の既成概念を覆すコンセプトで「チョコパイ」を世に送り出す。

①「憧れの味」を日常の圏内へ:デパートのショーケースの中にあった「生ケーキ」の満足感を、常温流通が可能なビスケットカテゴリーの形態で再現することに成功したのである。
②カテゴリーを越境する設計:専門学的には「半生菓子」に分類される構造を持ちながら、あえてビスケットカテゴリーの枠組みで展開する点にロッテの戦略的妙味がある。
・「長持ち」と「出来立て感」の両立:本来、数日で鮮度が落ちる「洋生菓子」の多層的な食感を維持しつつ、常温で6ヶ月(チョコパイ等の実績)という驚異的な安定性を付与。
・「ポータブル・ガトー」としての確立:皿とフォークを必要とする生菓子の満足感を、片手で楽しめる「ビスケットの簡便性」へと落とし込んだ。
・市場の再定義:30〜40代女性が求める「専門店の濃厚さ」を、日常の買い物動線であるスーパーのビスケット・半生菓子売り場で提供し、ケーキの代替品としての地位を確立したのだ。
※補足。なぜ「半生菓子」を「ビスケット市場」と呼ぶのかーー
製菓理論において、製品の水分含有量はそのアイデンティティを決定づける極めて重要な指標だ。一般的に、水分含有量が〈10%〜30%〉の範囲にあるものは「半生菓子」と定義される。水分5%以下の乾菓子(ビスケット類)と、30%以上の生菓子(ケーキ類)のちょうど中間に位置する、非常にデリケートなカテゴリーである。
ロッテの「Theシリーズ」や「チョコパイ」は、まさにこの半生菓子の領域に属しながら、なぜ頑なに「ビスケット市場」の一角として展開されているのか。そこにはロッテが半世紀かけて磨き上げた独自の戦略が隠されている。
本来、水分を含む半生菓子は微生物の繁殖リスクが高く、工場生産での長期保存は困難とされてきた。しかしロッテは、この技術的な壁を独自の知見で突破。さらに今回の「Theシリーズ」では、3年間の試行錯誤を経て、ソースが生地に染み込むことで生まれる「不均一で濃厚な食感」を実現している。
ロッテがこれらをビスケット市場に組み込む最大の理由は、消費者の購買動線の最大化にある。 ビスケットは家庭での常備性が高く、季節による消費変動が少ない「季節に左右されない柱」だ。この安定した「器」の中に”生菓子の多幸感”を詰め込むことで、専門店へ足を運ぶ「ハレの日」ではなく、日常的に手に取ってもらう「日常のプチ贅沢」としてのポジションを狙っている。
単なるおやつ(スナック)から、より満足度の高い「軽食(代用食)」へと、ビスケットカテゴリー全体の価値を底上げする。これこそが、ロッテが描く「次の50年」の姿ではないだろうか。
・グローバルに展開される「適応技術」

発表会場で目を引いたのは、日本版のみならず、ベトナムやインドネシアで実際に流通している海外版チョコパイの展示。興味深いのは、これらは単なる海外展開品ではなく、現地の嗜好や過酷な気候条件に合わせた緻密な設計変更であるという点。

日本版が口どけの良さを追求した「クリーム」をサンドするのに対し、ベトナム・インドネシア版は弾力のある「マシュマロ」を採用。これは、高温下でも油脂の分離を抑え、形状と食感を保つための高度な選択といえる。また、高温多湿な東南アジアの環境を考慮し、海外版の賞味期限は日本(7か月)より長い「12か月」に設定。宗教的背景に配慮し、インドネシア版では「ハラル認証」を取得。現地の文化を尊重する姿勢が、市場での信頼獲得に直結している。
③「第3の柱」の創造:1986年の「カスタードケーキ」を経て、ロッテは「袋から出してすぐ食べられる本格スイーツ」という独自のポジションを確立。

そして、今回の「Theシリーズ」は、チョコパイ、カスタードケーキに次ぐ、次の50年を担う「第3の柱」として、まさに社運をかけて育成される。

2. 戦略的ターゲット:30〜40代女性の「インサイト」を射抜く
営業戦略部による購買データ分析と顧客インタビューの結果、ある重要な事実が判明した。ターゲット層である30〜40代女性にとって、半生菓子は「日常的に食べられるケーキの代替品」として認識されていたのだ。
コンセプトは『毎日食べられる小さなケーキ屋さん』:専門店(パティスリー)へと向かっていた「プチ贅沢需要」を、スーパーの棚へと取り込む戦略を描く。
売り場の再定義:テストマーケティングでは、半生ビスケットを一箇所に集約。視認性を高めた結果、購入者数と売上の両面で増加を確認し、カテゴリー全体の成長性を裏付けました。

3.常識を覆す独自技術「じゅんわり製法」の全貌
工場生産の焼き菓子につきまとう「パサつき」という宿命に対し、ロッテが提示した解答は、3年もの月日を費やして確立した「じゅんわり製法」だった。この技術は、単なるしっとり感を超え、一口ごとに表情を変える重層的な味わいを生み出しています。
科学的にデザインされた「二段構え」の食感

♢しっとり技術(高配合バターの抱き込み) 2種の贅沢ブレンドバターを限界まで生地に抱き込ませることで、空気を孕んだ「ふわふわ感」と、舌の上でとろける「濃厚なしっとり感」の共存に成功。
♢じゅんわり技術(特製ソースの浸透) 焼き上がった生地に対し、馴染みの良さを追求した「特製ソース」を精密に注入。時間とともにソースが生地の深部までしみ込み、専門店でしか味わえなかった「不均一でリッチな食感」を再現している。
専門家の卵たちが認めた「ブラインドを超えた品質」
この技術革新の凄みは、データが証明しています。武蔵野調理師専門学校の高度調理製菓科に通う「パティシエの卵」130名を対象とした調査では、実に92%以上がそのクオリティに「満足」と回答しており、その完成度は専門的見地からも疑いようがない。
「Theシリーズ」が提示する、五感を揺さぶるラインナップ

13年ぶりの新ブランドとして登場する「Theシリーズ」は、素材の専門性と品質をダイレクトに伝えるため、極めてシンプルなネーミングを採用。そこには、一口で専門店との境界線を消失させるというロッテの不退転の決意が漲る。
The BUTTER

特徴:まぁるいフィナンシェ × じゅんわりバターソース
注目ポイント:世界のソムリエやシェフが審査する「ITI(国際味覚審査機構)2026年審査会」において優秀味覚賞を受賞しており、その芳醇な余韻はすでに世界基準の評価を得ている。
The CARAMEL

特徴:キャラメルマドレーヌ × じゅんわり生キャラメルソース
注目ポイント:北海道産生クリームを使用し、キャラメル特有の「ほろ苦さ」をアクセントに加えることで、多層的で濃厚な構成へと仕上げている。
想定価格は3個入りで税込302円前後 。この「あえての少量・高単価」という強気の設定こそ、日常のなかの「自分へのご褒美」として専門店クオリティを届けたいというロッテの揺るぎない自信の表れだろう。

驚くべきは、メーカー自らが「デリ仕立て」などの大胆なアレンジを推奨している点だ。
トースターで焼く「追いバター」や「焼きマシュマロ」は、じゅんわりとした生地の特性を最大限に引き出す。また、スモークサーモンや生ハム、黒胡椒を添える「デリ風」アレンジの提案は、土台となる生地のバター感が極めて強固だからこそ成立する、大人のための愉しみ方といえる。
東日本エリア(静岡を含む)での先行発売は、2026年3月24日 。
統計上の「分類」に縛られる時代は終わった。
パティスリーの体験を日常の動線へと解放したロッテの50年目の野心作。ビスケットの定義が書き換わるその瞬間を、ぜひ自身の舌で確かめてみてください。