
パリ15区の閑静な通りに佇む「Patisserie TOSHIYA TAKATSUKA」は、ミシュラン三つ星獲得レストラン『KEI』でシェフパティシエを務められた高塚俊也シェフが、満を持して開いた自身のブティックだ。
シェフが培ってきた技術論、経営観、そして哲学に深く踏み込み、オーナーパティシエとしての新たな挑戦、その核心を紐解いていく。

Ⅰ. プロダクションの「量」と「質」:三つ星で培った技術的優位性
高塚シェフは、レストランデセールとパティスリーでのガトーづくりを「相違はない」としつつも、その製造プロセスに決定的な違いを見出しています。この違いの認識こそが、シェフの製品品質を支える優位性です。

『ケーキ(パティスリー)は一度に200個、300個作って冷凍しますが、デセールは20席、30席を毎日作る。作り方が違うと同じレシピでも出来が違ってくる。(パティスリーでは)数をこなした技術が、高いレベルでの品質達成を可能にします。』
これは、レストランデセールで求められる「職人の瞬間技」としての瞬発的な対応力とミスを許さない精度、そして、パティスリーで求められる「安定した量産体制」としての製造計画における持続性と製品の均一性という、対極的な生産体制の両方を高い次元で経験してきたプロフェッショナルな視点です。
『下積みがあった分、できるようになったのは早かった』という自負の裏には、「1日に作ったシューの数が桁違い」というパティスリー時代の経験値が、レストランの現場で求められる生地の均一性や成形のスピードという基礎技術を担保したという、製造者としての揺るぎない自信が根底にあります。
Ⅱ. レストランの感性が活きる「素材と温度」へのこだわり
シェフのクリエイションは、「ここでしか食べられない、ここでしかできない体験を作る」という信念に基づいています。この体験を支えるのが、レストラン経験で磨かれた「素材」と「温度」への強いこだわりです。
温度と食感の表現(ザッハトルテの解釈)
スペシャリテのザッハトルテ(Schocolade:ショコラード)に対する洞察は、技術者としてのこだわりが凝縮されています。

作りたてのグラッサージュの食感と、日を追うごとに増すシャリシャリ感という、時間軸による味覚の変化を両方認識しつつ、あえて「チョコレートの含有量を増やし、シャリシャリになりづらく、しっとり感が残る」配合を選ぶのは、古典への単なる回帰ではなく、自身の技術と解釈を加えた「高塚流ザッハトルテ」の確立を目指した証である。
無駄のない素材論
『高いチョコを使わなくても、ちゃんとチョコを食べた感があるような作りを意識している』という。単にコストの問題ではなく、素材の持つポテンシャルを最大限に引き出し、最小限の構成で最大の満足度を提供するという、三つ星レストランで培われた合理的かつ洗練されたデセール構築の思想が反映されています。
Ⅲ. 古典菓子の進化論:「リスペクト」から「継続」へ
シェフの創作活動の根底にあるのは、修行の原点である藤生義治シェフへの深いリスペクトです。そのリスペクトは、単なる「再現」ではなく、「進化」という形で表現されています。
『リスペクトはもうリスペクトでしかなくて、(藤生シェフと)したいのは、表面的なお菓子の話ではなく、作り込んだからこそ共有できる、より本質的なお菓子づくりの話かもしれない』
この「作り込んだからできるお菓子」という言葉は、生地の焼き方、仕込み方、グラッサージュの厚さといった、数値化・マニュアル化されにくい職人技の領域を意味しています。
「原点回帰」の定義
「原点回帰とは、古典を「同じもの」として守り、同じものを作るのではなく、時代に合わせて製法や配合を少しずつ変えて、その先に行くことだと思う」というシェフの言葉は、古典菓子を現代に、そして未来へ繋ぐための明確な哲学です。
材料、価格、作る人が変わる現代において、「継続していける」ように少しずつ変えていくことが、文化を途絶えさせないための「架け橋」となると強調されています。
ダックワーズの意義

日本で進化したお菓子をパリでスペシャリテに据えるのは、その「進化する古典」の可能性を世界に問いかける意図があります。食感や味わいを自由に変えられるダックワーズは、シェフのクリエイションの幅を広げるプラットフォームとして機能していると感じました。
Ⅳ. 経営哲学:「楽しさ」と「地域貢献」が品質を担保する
シェフの経営哲学は、「作る楽しさ」と「地域密着」という、一見非効率に見える要素にこそ、持続的な成功の鍵があるという考えに基づいています。
セントラルキッチン方式で「つまらない」と感じた経験から、高塚シェフは『パティシエが面白いパティシエにしたい』と語ります。
スタッフがAからZまで関わり、完成までのプロセス全てを理解できる規模感と環境は、製品への愛着とモチベーションを生み出し、結果として品質の安定につながるのです。
プロダクションの「量」と「質」の両極を知ることで、手作業と機械作業の最適なバランスを見極め、大量生産下でも均一な「出来」を実現することにつながるのです。
また、ザッハトルテを「売れなくてもいいから」と高めの価格(当時€9)で設定したエピソードは、「自分が提供したい価値に見合う対価」を追求し、その価値を理解する顧客に愛されることを選ぶという、自信に裏打ちされた経営判断を示しています。

さらに、地元の要望からフランを追加し、「ゆっくりくつろげる空間」を提供する姿勢は、お店を単なる販売所ではなく、地域コミュニティの機能を持たせようという明確な意図がある。
このフランも、バニラの使用量と焼きの技術で、日常菓子を高いレベルに昇華させ、地域との対話から商品を生み出す経営姿勢を体現している。
高塚シェフが「今だけ」と語る、『AからZまで関わって一つも自分の目を漏れなく出している』この初期のクリエイションは、今後彼のパティスリーが発展していく上での、最も純粋な哲学の結晶と言えるでしょう。
Ⅴ. 現場からの報告:ガトーとペアリングが語るシェフの哲学

シェフの哲学は、ショーケースに並ぶガトーの一つひとつに明確に反映されています。特に、イートインスペースで提供されるペアリングドリンク「阿波晩茶(あおばんちゃ)」との組み合わせは、お菓子を最大限に楽しませるというシェフの緻密な計算が垣間見えます。
Schocolade

構成:Biscuit Sacher, Confiture abricot, Glaçage Sacher
ビスキュイ・ザッハとアプリコットコンフィチュールという伝統的な構成に対し、シェフが語るザッハトルテの解釈を体現。チョコレート含有量の高いグラッサージュは、パリパリ感よりも濃厚な口溶けとしっとり感を重視し、「ちゃんとチョコを食べた感」を実現している。

グルテンフリー(Sans Gluten)を掲げ、古典菓子の伝統を守りつつ現代のニーズに対応する技術的な挑戦を示し、これに添えられるシャンティクリームの軽さが加わることで、古典菓子の重さを現代的なデセールのように昇華させている。
Chocolat Caramel

構成:mousse au chocolat, croustillant praliné, crème brûlée caramel, glaçage, cacao
ムース・オ・ショコラを主軸に、カラメルクレームブリュレの凝縮されたコクと、プラリネクルスティアンの温度とテクスチャーのコントラストを配置。

濃厚なショコラとビターなキャラメルの濃密なコントラストの中に、食感の異なる層(クルスティアン層など)が配置され、複数の食感と温度を重ねるレストランデセールの構成を踏襲し、単調ではない複雑な構造となっている。
Fromage

構成:Mousse cream cheese et comté, streusel miel et noix, sauce fruit saison
クリームチーズとコンテ(熟成チーズ)のムースという料理的な要素を組み込み、「季節の皿盛デセール」の概念をガトーに落とし込んだ一品。甘さを抑えたフロマージュベースに対し、シュトロイゼル(はちみつとクルミ)の香ばしさとテクスチャー、そしてソースで旬を表現。

季節によってソースやフルーツが変更される構造は、料理の流れを汲むレストランパティシエらしい素材の旬を尊重する姿勢が表れている。
Tarte Citron Yuzu

構成:Crème citron Yuzu, confit yuzu, segment d’agrumes, Sable diamant, meringue française citron
クラシックな「タルトシトロン」に、柚子のコンフィとクレーム、そして柑橘を加えることで、日本の柚子の香りによるオリジナリティと奥行きを付与。

サブレ・ディアマンの「焼き」へのこだわりが基礎技術の高さを証明し、クレームの酸味の切れの良さとメレンゲの軽さが、構造的なバランスと基本技術の高さを示す。
Paris Brest Thé Houji

構成:choux, crème diplomate, crème praliné Houji, croustillant noisette, amande caramélisée
パリブレストという古典にほうじ茶(Thé Houji)という日本由来の素材を大胆に組み合わせた革新的な一品。カスタードベースのディプロマットクリームとほうじ茶プラリネクリームの二重構造により、プラリネの香ばしさの中に、ほうじ茶の持つ和のロースト感と渋みが加わり、新しい香りの次元を生み出している。

シュー生地の完璧な焼き込みが基礎技術の高さを証明。
Coffret Dacquoise

構成:Biscuit dacquoise, Crème pistache, Confiture framboise, Pistache caramélisée
シェフのスペシャリテであり、「進化する古典」の象徴。色々な食材・香りを入れる前提で作られた繊細なダックワーズ生地は、表面のサクッと感と中のふわっと感のコントラストが際立つ。

ピスターシュクリームの濃厚さとフランボワーズコンフィチュールの酸味の対比が、多様な食感と香りの濃淡を演出。季節ごとのフレーバーに対応し、ギフトとしての完成度を高めている。
ペアリングドリンク:阿波晩茶(あおばんちゃ)との共演

イートインで提供される阿波晩茶は、世界的に珍しい乳酸発酵による独特の酸味と丸みを持っています。

シェフはこのお茶を、単なる飲み物ではなく、「ちょっとした酸味がケーキを食べるのにちょうどいい」という理由でチョイス。チョコレートのコク、フロマージュの濃厚さ、タルトの強い酸味といった、ガトーの多様な要素を中和し、次のひと口へと導く役割を担っています。これは、コース料理のデセールに求められる「口の中をリセットする」機能をブティックのペアリングに持ち込んだ、高塚シェフならではの完璧な「食後」の設計と言えるでしょう。
高塚シェフの挑戦は、単なる一日本人パティシエの独立に留まりません。ミシュラン三つ星という最高峰の環境で培った合理的な判断力と、修行の原点である古典菓子への深いリスペクトを融合させることで、彼はパリという世界的な舞台において、「品質」と「持続可能な経営」の新たな基準を提示しています。

彼の店で働くスタッフが完成までの全工程を担う体制は、次世代の職人育成における理想的なモデルケースであり、日本国内の製菓業界においても、労働環境の改善と技術継承のヒントとなるでしょう。
この哲学を読み解くことが、日本のスイーツ業界の発展にも繋がるのではないだろうか。

パリ15区から発信される高塚シェフの哲学と、そのお菓子が織りなす世界観に、今後も注目していきたいと思います。