映画『パリ・ブレスト〜夢をかなえたスイーツ〜』公開記念、ヤジッド・イシュムラエン氏×辻口博啓氏スペシャル対談 ~逆境を力に変える—学びと自己磨きで未来へ踏み出せ~

3月29日から公開される映画『パリ・ブレスト〜夢をかなえたスイーツ〜』に合わせ、PRのために来日したヤジッド・イシュムラエン氏とパティシエ・ショコラティエの辻口博啓氏が特別対談を行いました。お二方のスイーツへの情熱、映画に込められたメッセージについてお話をお聞きしました。

ヤジッド・イシュムラエン氏
1991年フランスのエペルネ生まれ。モロッコ生まれの両親をもつが父親は不在で、母親はアルコール依存症だったため2歳半からフォスターファミリーに預けられる。フォスターファミリーの息子がパティシエだったことで、お菓子作りと他者から認められることを初めて経験する。8歳でフォスターファミリーのもとを離れ、養護施設で暮らす。14歳の時パティシエとしての見習いを始め、17 歳でパリにあるパスカル・カフェ (世界菓子チャンピオン) で働き始める。1年後、モナコにあるジョエル・ロブションの「ル・メトロポール」でスーシェフとして働く。また世界的に有名なシェフであるアラン・デュカスの下で働いた経験をもつ。2014 年、22歳の時、フランスチームのリーダーとして参加したGelato World Cup(冷菓世界選手権)で世界チャンピオンとなる。現在、アヴィニョンに自身の店舗を構えているほか、ギリシャ、スイス、カタールなどに店舗をオープンし実業家としても活躍している。ディオール、ルイ・ヴィトン、バルマン、ショーメなどのハイブランドとのコラボレーションなどでも話題となった。本作はヤジッドの自伝書「Un rêve d’enfant étoilé: Comment la pâtisserie lui a sauvé la vie et l’a éduqué」(星の少年の夢:菓子作りが彼を救った理由)を元に映画化された感動のサクセス・ストーリー。

STORY

育児放棄の母親の下、過酷な環境で過ごしている少年ヤジッドにとって唯一の楽しみは、フォスターファミリー(里親)の家で、団欒しながら食べる手作りのスイーツ。いつしか自らが最高のパティシエになることを夢みるようになっていた。やがて、児童養護施設で暮らしはじめたヤジッドは、敷居の高いパリの高級レストランに、機転を効かせた作戦で、見習いとして雇ってもらうチャンスを10代で掴み取る。毎日180キロ離れた田舎町エペルネからパリへ長距離通勤し、時に野宿をしながらも必死に学び続け、活躍の場を広げていく。偉大なパティシエたちに従事し、厳しくも愛のある先輩や心を許せる親友に囲まれ、夢に向かって充実した日々を過ごすヤジッド。ところがそんな彼に嫉妬する同僚の策略で、突然仕事を失うことに。失意のどん底から持ち前の情熱でパティスリー世界選手権への切符をようやく手に入れるが……。

学び、自分を磨くことで「親ガチャ」を越える
若者に希望を与える作品に

――まず、自分の人生とキャリアをテーマにした映画が制作されたことへの感想と、映画制作の過程で得た新たな気づきがありましたら教えてください。

ヤジッド: 
自分の人生が映画化されたこと、そしてその映画が19カ国で公開されて、今日本にいる。すごい運命を辿ったなと思います。そしてこの作品を通じて多くの人に自分の仕事を知ってもらう機会がありました。一つ気づいたのは、やはり現実と映画は違うということですね(笑)。

今回映画作りを体験してみて、さまざまな職業のさまざまなポストの人たちが一丸となり、まるで家族のように作品を作り上げていくプロセスを深く感じました。

――映画の原案となった自叙伝の発行や今回映画が公開されたことで、ヤジッドさんの境遇を初めて知ったという人もフランス国内にいらっしゃったと思います。そのような方々からの反応はどのようなものでしたか?

ヤジッド:
反響について言えば、非常に好評でした。観客からの共感を得られたこと、特に若者にとって希望を与える作品になったと感じています。このプロジェクトは、自分のエゴや個人的な名誉のためではなく、世界中の若者に何かを伝えたいという思いから始まりました。その目的は達成されたと思います。しかも、パリから見れば日本は地球の裏側みたいなところにある国ですが、それでも共通するものがあるとおっしゃってくれたのは、文化や国が違っても通じるものがあるんだなと感じさせてくれました。

――映画になることでより広い層に知ってもらえる機会が増えますよね。

ヤジッド: 
お菓子職人ってなってみて素晴らしいのは、人との出会いがあり、互いに「僕ら似ているね」と話せるような人に出会えることです。これはまさに人生で美しい贈り物のような出会いですね。お菓子作りは、そういう意味で非常に強力なコミュニケーション手段であり、共感や理解を深めることができるんだなと感じます。

――ヤジッドさんのスイーツは見た目も非常に美しく、そのテーマの選び方、使用する素材、デザインの着想など、一つの作品を作り上げるプロセスは非常に興味深く思います。どのような過程を経てスイーツを作り上げているのでしょうか?

ヤジッド: 
クリエーションにおいて最も重要なのは、やはり味です。おいしいと感じた人は、もう一度食べてみたいと思ってくれます。デザインは、言わば次の段階ですが、見た目が魅力的であれば人々を惹きつける力があります。そして、味が良ければ、人々はもう一度買ってくれるのだから、どのようなデザインにするかは日常的に意識していて、建築様式を見ながらインスピレーションを得ています。

――映画に登場するケーキにパリブレストやフォレノワールがあります。もともと伝統的なスイーツですが、ヤジッドシェフがこれらにどのような独自のエッセンスやアイディアを加えて形にしたのかについて教えていただきたいです。

ヤジッド: 
「独自の」というふうにおっしゃいましたけども、それは単に自分自身のお菓子を創りたいという思いから来ています。パティシエには毎月新作を数個作り出す方もいますが、僕の場合は、6カ月間新作を作らないこともあれば、2カ月の間に4個作ることもあります。特定のプログラムに従って創作しているわけではなく、何か「これはいい!」と感じるものが心に響いた時にクリエーションを始めるんです。

例えば、今日のお昼に、抹茶の冷茶とジンジャーエールがあったので、ちょっと混ぜてみようかなって思って混ぜてみたんです。そしたら、これはお菓子作りにも応用できるかもしれないというインスピレーションを得ました。このようなアイディアは、もし日本に来ていなかったら思いつかなかったでしょう。僕のクリエーションは、「作ろう」と意図的に考えるよりも、その時々に自分が経験したことがクリエイトにつながっています。

――辻口シェフのクリエーション方法はいかがでしょうか?

辻口: 
クリエーションは決められたものではなく、本当にシンプルな形で、自分が良いと思ったり、感動したものから生まれるものです。それゆえに、その時々にどんどん変化していくものだと思います。そのため、「これが答えだ」というものは存在しないですね。答えがないこと自体が、クリエーションの本質かもしれません。

ヤジッド: 
そうですね。

辻口博啓氏
石川県生まれ。洋菓子の世界大会で数々の優勝経験を持つパティシエ、ショコラティエ。「モンサンクレール」「ル ショコラ ドゥ アッシュ」など、コンセプトの異なるブランドを多数展開。世界最大級のショコラ品評会C.C.C.では7度連続で最高評価を獲得し、2度アワードを受賞。スーパースイーツ製菓専門学校の校長、日本スイーツ協会の代表理事を務めるなど、後進育成やスイーツ文化の振興に取り組む。2015年には、NHK朝の連続テレビ小説「まれ」の製菓指導を務めた。辻口のクリエーションを追ったドキュメンタリー映画『LE CHOCOLAT DE H (ル ショコラ ドゥ アッシュ)』は2019年に公開され、第45回シアトル国際映画祭、第67回サン・セバスティアン国際映画祭で正式上映された。

――ヤジッドさんは現在さまざまな国で仕事をしていらっしゃいますが、現地のスタッフと共に作業を進めるのは大変なことだと思います。どのように文化や言語の違いを乗り越えて展開していらっしゃるのですか?

ヤジッド:
大体10カ国から15カ国ほどを訪れるのですが、その目的はコンサルティングや自身の店舗運営にあります。僕が訪問する数日前、1人か2人のパティシエのシェフを先に派遣します。彼らは現地のスタッフにレシピを教え込みます。そして、僕が到着した時、フォーメーションがすでに形成されている状態で、ビジュアルとしてどういうふうに仕上げるかなど、僕の魂とインスピレーションを吹き込みます。このプロセスを通じて、地元のスタッフに僕の感覚を感じ取ってもらう。その役割を僕自身が最後の仕上げとしてやっています。

――プロジェクトを動かすときに、スタッフは大体何人くらいでチームを組んでやるのですか? 

ヤジッド: 
プロジェクトの大きさによって人数って違いますが、バーレーンは16人、パリは31人ですね。

――今後の日本での事業展開やコラボレーションによる店舗展開についても詳しくお聞きしたいです

ヤジッド: 
実は過去4年間で多くのオファーがありましたが、僕はすべて断ってきました。フランスの有名な店舗が日本に進出しているのを見て、フランスのレベルに達していない商品が販売されているのを目にすると、遠くにいるときには店舗を完全にコントロールすることが難しいと感じました。僕が目指しているのは、ラグジュアリーなパティスリーを展開することですし、質の高い仕事を維持することをしっかりとコントロールする必要があります。単に店舗を出店することが目標ではありません。重要なのは、どれだけ高品質な商品を提供し、長期にわたってその店を存続させられるかです。そのため、もし日本に店を出店することになれば、3カ月間自ら研修を行い、スタッフとの信頼関係を築くことが重要だと考えています。

辻口:
フレンチは「足し算の料理」と言われますが、日本人は、引き算と足し算を駆使して、本質に迫っていく味わいを好みます。地域固有の食材で作られたお菓子も、日本人が好むところがあります。僕はペルーでカカオ農園を運営しているのですが、農園で出合った発酵技術やさまざまな植物、カムカムやコーヒーなどの新しい味わいに触れました。例えば、コーヒーの果肉を天日干しにしてお茶にして飲むとおいしいわけです。畑を実際に見ることで多くの発見がありました。素材から得られるインスピレーションの価値はとても大きいです。

ヤジッド:
やはり、その国の文化や食文化に合わせることは、謙虚であるという姿勢の表れなんですね。フランスのパティシエが日本やアメリカに店を出したものの、8、9カ月で撤退する例をたくさん見てきました。その理由は、フランス人がしばしば持つ、自国の味が一番だという少し傲慢さみないなものがあって、その国の食文化や味覚を理解せずにそのまま進めようとするからです。僕が店を出す際には、自分のエゴを押し通すのではなく、ひとつの商売として、お客様に満足していただくことが最優先です。僕はまだ32歳で若いですから、今すぐにお金を稼ぐ必要はないので、時間をかけて長いスパンで存続し続けられるビジネスやっていきたいと思います。

辻口:
素晴らしいでね。

――ヤジッドシェフはパティシエの枠を超えて実業家としても広く知られていますが、パティシエとしての夢と実業家としての目標には違いはありますか?

ヤジッド: 
実は、パティシエとしての夢と実業家としての目標は一致しているんです。実業家として重要なのは、自分の行動を常に反省し、全てが良いと決めつけずに改善の余地を見つけ、常に今日よりも明日へと成長していくことです。お菓子作りにおいては、常に新鮮な素材を使います。お菓子作りに過度に没頭しすぎるとビジネスが疎かになりがちですし、ビジネスに集中しすぎると、お菓子が疎かになります。そのため、実業家としてもパティシエとしても、自分にとっての理想的なバランスを見つけ出すことが重要です。これは、まるでレシピを調整するようなもので、実業家とパティシエの間のバランスをうまく取りながら、長く事業を継続できるよう計画することが大切です。有名店でさえ撤退することがあるため、このバランスの取り方が特に重要になります。

――映画を観て、現在の日本が格差社会の問題を抱えていること、そして「親ガチャ」という言葉が若者の未来を親や家庭の経済状況、社会的地位に左右される現状を示していることが世界共通の問題あることに気付きました。ヤジッドさんは様々な逆境を乗り越えてきた経験をお持ちです。そのため、現在の若者が直面している社会的、経済的な困難に対して、どのように立ち向かうべきか、何かアドバイスをいただけますか?

ヤジッド:
これはフランスに限らず、恐らく世界中で共通の問題です。多くの若者が自分の生まれ育った環境を理由にして諦めてしまうことがよくあります。しかし、本当に大切なのはお金ではありません。重要なのは、学び、習得し、修行すること、そして教養を身につけることです。お坊さんの服を着てもお坊さんにはなれませんが、お坊さんのような教養があれば修道院に入ることができます。見た目ではなく、頭の中に適切な知識や思想があれば、さまざまな世界に進出できます。学び、自分を磨くことの重要性は計り知れません。苦しい逆境があるからこそ、それを乗り越えたときに素晴らしい成果を生むことができます。「ひょうたんから駒」のように、逆境をバネにして飛躍することも可能です。だからこそ、逆境に負けずに前に進むことが大切だと思います。

辻口:
素晴らしいですね。

現在は自分でメディアを立ち上げ、自由に情報を発信できる時代になりました。この自由に発信が可能になった時代背景と、若いうちにコンクールで優勝したという実績が相まって、さまざまなビジネスチャンスにつながっているのだと感じています。

――辻口シェフが今の若者に伝えたいことは何でしょうか?

辻口:
やっぱり、夢は諦めちゃ駄目だということですよね。見るものじゃなく、叶えるものだから。

ヤジッド:
映画制作を通じて感じたことは、このプロジェクトを自己満足のためではなく、何かを伝えたいという思いから立ち上げたということです。学ぶこと、教育の重要性、自分を省みて反省してそして向上していくこと、そして粘り強く頑張ることが大事だというメッセージをこの映画に込めています。

――辻口シェフは石川県のスーパースイーツ製菓専門学校の校長を務めているんですよ。

ヤジッド:
ぜひ生徒さんにも見てもらいたいですね。

――ヤジッドシェフは、後進の育成についてはどのようにお考えですか?

ヤジッド:
一番大事だと思います。先に受け取ることを考えるのではなく、与えることーーテイクよりギブが重要だと考えています。僕自身はまだ32歳の若造ですから、現段階では学校のようなものを設立する計画はありませんが、自分をしっかり作り上げた暁に、10年後くらいには辻口さんのように学校みたいな形で伝えられたらと思います。

辻口:
俺もいずれはパリで学校をやりたいなと思っています(笑)。そのときはぜひ教えに来てください。

ヤジッド:
喜んで(笑)。

辻口:
フランスに行った際はぜひまたお会いしたいですね。

ヤジッド:
はい!(笑)

――最後にスイーツ好きのファンの方にメッセージをお願いします。

ヤジッド:
お菓子は、子供の頃の記憶に深く繋がっています。お菓子を作る際には、人を喜ばせたいという思いと同時に、「これが好きだな、おいしいな」と感じながら作る楽しみも感じています。誰に食べさせたいかを考え、その人を思い浮かべながら、自分の気に入った味のお菓子を作ります。自自分が食べておいしいと感じること、そしてそれを食べてもらって喜んでもらえることが、何よりも嬉しい瞬間です。

辻口:
お菓子はタイムマシーンにもなる。一つ一つの記憶が永遠の思い出となり、共に食べた瞬間の楽しい記憶がお菓子に込められています。お菓子を食べることで、過去の記憶を辿ることができ、この世を去った人とも、お菓子を通じて再び出会うことが可能になります。これこそが、お菓子の素晴らしさです。ぜひ多く人にこの映画を見ていただきたいですね。

――ありがとうございました。

映画『パリ・ブレスト ~夢をかなえたスイーツ~』
2024年3月29日(金)公開
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBIS GARDEN CINEMAほか全国順次公開
(C)DACP-Kiss Films-Atelier de Production-France 2 Cinema

撮影/伊藤 駿