[佐藤ひと美のスイーツレポート329]伝統と革新の対話:三國イズムを継承する浅井シェフが語る「Dining 33」フランス伝統菓子の深層

麻布台ヒルズ森JPタワー33階にある美食の拠点「Dining 33 Pâtisserie à la maison」。

今回は、三國清三シェフがプロデュースするグランビストロ「Dining 33」に併設された特別なパティスリーで、三國イズムを継承する浅井シェフが織りなすフランス伝統菓子の深層に迫ります。

伝統と革新の対話が生み出す「クラシック」

Dining 33」が提唱する「ジャポニゼ」、すなわちフランス料理の確固たる骨格に日本の風土を昇華させるという哲学は、パティスリー部門にも深く浸透しています。

この「Dining 33 Pâtisserie à la maison」は、単にレストラン併設のパティスリーにとどまらず、それ自体が一つの独立した世界観を持つ場所として設計されている。ショーケースに並ぶ作品群からは、日本の食材や季節の移ろいをエレガントに表現しようとするシェフの姿勢がうかがえる。

シェフパティシエ浅井氏の哲学ーーー『クラシックとは、過去に製作されたものではなく、生き残ったものである』

このパティスリーを率いるのは、三國シェフの下でシェフパティシエを務めた浅井拓也氏。三國シェフの厳しい指導のもと、フランス料理の基礎と「ジャポニゼ」の精神を深く習得した浅井氏は、その経験と技術を継承しつつも、独自の表現を追求しています。

浅井氏にとって、菓子製作は単なるレシピの再現ではなく、時代を超えて存続する「クラシック」を創造する挑戦である。

伝統を尊重しながらも、現代のニーズや自身の感性を融合させることで、フランス菓子の新たな可能性を模索している。

クラシックとは、過去に製作されたものではなく、生き残ったものである』という彼の言葉は、その哲学を象徴している。優れた作品は、その美味しさゆえに人々に愛され、後世へと語り継がれていく。浅井氏の作品は、このような信念に基づき生み出されている。

本稿では、浅井氏がフランスの伝統菓子にどのように革新的なアプローチを取り入れ、新たな価値を創造しているのかを、「オペラ」「フラン」「サントノーレ」の3作品から読み解いていきます。

オペラ:再構築された美しき構造と秘密の香り

フランス菓子の基礎知識として、まず古典菓子「Opéra(オペラ)」について簡単にご紹介しましょう。

一般的にオペラは、アーモンドパウダーと卵白を混ぜ合わせたBiscuit Joconde(ビスキュイ・ジョコンド)と呼ばれる薄いスポンジ生地に、コーヒーシロップをたっぷりと染み込ませ、コーヒー風味のバタークリーム Crème au beurre au caféとチョコレートガナッシュを、何層にも重ねて作る、古典的なお菓子です。

伝統的なオペラの定義において、一般的に”7層構造で各層を均一な厚さに仕上げる。”ということ。

また、層の厚みは非常に重要であり、フランスの著名なパティシエであるミッシェル・ブラン氏によると、理想的な厚みは全体で約1.5cm〜厚くても2cmまで!と教えていただいたことがあります。各層のバランスが、オペラ特有の繊細な風味と食感を生み出す上で不可欠で、特有のバランスの取れた味わいと美しい断面を生み出す上で非常に重要と言われており。その優雅な味わいと洗練された見た目から、世界中のパティスリーで愛されているのです。

芳醇なコーヒー香るクレーム・オ・ブール

浅井氏のオペラは、コーヒー豆の形をモチーフに再構築。

芳醇なコーヒーが香るクレーム・オ・ブール(バタークリーム)と、なめらかなチョコレートガナッシュが特徴である。コーヒーシロップをたっぷりと染み込ませたアーモンド生地と幾層にも重ねることで、深みのある味わいに仕上げられている。

その形状は、単なるデザインではなく、緻密に計算された機能美。

上部は、コーヒー豆に忠実に中央へ向かって少し膨らみを持たせるように手で丁寧にナッペされており、その上にチョコレートコーティングが施されています。

また、伝統的な製法では、ビスキュイ・ジョコンドに多量のコーヒーシロップを含浸させますが、これは外観の安定性を損なうという課題を伴います。その課題を克服したのは、チョコレートによる保護層で水分を内部に保持しつつ、カットした際にシロップが溢れ出すような瑞々しい食感を実現。

この独創的な構造は、オペラの中心的な要素であるコーヒーとバタークリームの調和を一口で堪能できるよう、緻密に計算された結果である。

さらに、デコレーションには通常廃棄されるコーヒー豆の外皮を乾燥させた「カスカラパウダー」が用いられている。コーヒー豆よりも明るい黄色みを帯びたこのパウダーは、視覚的な美しさを付与するだけでなく、ほのかに酸味を帯びた華やかな香りで風味に深みをもたらしており、そのポテンシャルは計り知れません。食材の有効活用というサステナブルな視点もまた、「ジャポニゼ」の精神を体現する要素である。

浅井氏が語る『食材の表情を出してあげる』という表現が、まさにここに凝縮されています。食材の有効活用というサステナブルな視点もまた、「ジャポニゼ」の精神を体現する、心憎いばかりの演出です。

  

フラン:日仏の食文化を繋ぐ「麦茶」という選択

フランスの伝統菓子「Flan(フラン)」は、古くから親しまれてきた家庭的な焼き菓子です。サクサクのパイ生地やタルト生地に、牛乳、卵、砂糖などで作ったカスタードのようなアパレイユを流し込み、焼き上げて作られます。どっしりとした重厚感と、なめらかで濃厚な味わいが特徴で、フランスではパン屋やパティスリーに必ずと言っていいほど並ぶ国民的スイーツである。

浅井氏は、フランスの家庭菓子であるフランに、日本独自の解釈を加えることで昇華させている。

パリの最高級ホテルでの経験をはじめ、3つの異なる店舗での修行を経た浅井氏。パリの最高級ホテル「パラス」をはじめとするペストリーチームが手掛ける、滑らかなテクスチャーを持つ「高級フラン」の潮流を経験したことが、日本においてもその魅力を広く伝える契機となった。

浅井氏が日本の食文化に敬意を表して生み出したのが、「Dining 33 Pâtisserie à la maison」で提供するフラン。

選んだのは、日本人に馴染み深い麦茶の香り。焦がし麦の芳醇な香ばしさが広がる、シンプルながらも奥深い味わいに仕上げられています。

フランスにも麦のシロップ「シロ・オルジュ」が存在し、フランス人にとっても馴染みのある食材であることから、麦茶は日仏の食文化を繋ぐ象徴的な存在として採用されました。

牛乳で丁寧に抽出された麦茶は、親しみやすさと同時に洗練された味わいを創出しています。

また、そのテクスチャーに対するこだわりは特筆に値する。バターが香るサクサクのパイ生地で器を作り、焼きプリンのような口どけの滑らかなアパレイユを流し込み、丁寧に焼き上げています。

一口食べれば、パイ生地の香ばしさと素材の旨みをじっくりと引き出したアパレイユのなめらかさが口の中で見事なコントラストを生み出し、思わず頬が緩むことでしょう。

この絶妙な食感を実現するため、フィリングとパイ生地を別々に仕込み、緻密な火入れを行うという手間暇を惜しまない手法が採用されている。これにより、フィリングが漏れ出すことなく、生地が湿気ることのない完璧な状態を維持しているのです。

  

サントノーレ:バニラの香りを極める芸術的フォルム

フランスの伝統菓子「Saint-Honoré(サントノレ/サントノーレ)」は、パンとお菓子の守護聖人「聖オノレ」の名を冠した、特別な日にふさわしい華やかなケーキ。円形のパイ生地を土台とし、その周りにカラメリゼした小さなシュークリームを飾り、中央にクリームをたっぷりと絞って仕上げます。パイ生地のサクサク感、シュー生地のしっとり感、そしてカリッとしたキャラメルの食感が一度に楽しめるのが魅力です。

シューとクリーム、キャラメルで構成される古典菓子サントノーレは、浅井氏の手によって彫刻のような芸術的なフォルムへと昇華されました。彫刻のような芸術的なフォルムへと進化している。リング上の土台に2つのシューを配置したこのデザインは、敬愛するシェフであるローラン ジャナン氏の作品から着想を得たものである。

このサントノーレの美味しさの核心は、クリームにある。

繊細に焼き上げた黄金色のパイ生地を器に見立て、その中に上品な甘さのクレーム・シブーストを忍ばせ、トップには軽やかなクレーム・シャンティ・ヴァニーユを飾る。香り付けには希少なニューカレドニア産のバニラを丁寧にローストして贅沢に使用。

バニラビーンズを開いてからオーブンで丁寧にローストするという独自の技法により、通常よりも格段に芳醇で奥深い香りを持つクリームが生成される。この香りの余韻は、まさに”マスクシャリン(私の愛しい人)”と称される特別なものである。

さらに、見た目のボリュームとは対照的に、口当たりは極めて軽やかである。

メレンゲを抱き込ませることで、重さを感じさせず、最後まで美味しく完食できるよう計算し尽くされている。伝統的な技術に現代的な感性と探求心を融合させ、五感に訴えかける一品へと昇華させているのだ。

  

浅井氏のスイーツは、単なる伝統菓子の再解釈に留まらない。

三國清三シェフから継承した哲学と、絶え間ない探求心が生み出す革新的な作品群は、日本のスイーツシーンに新たな潮流を形成するでしょう。

この感動的な世界観は、「Dining 33」でのイートインはもちろん、併設のパティスリー「Dining 33 Pâtisserie à la maison」ではテイクアウトでもお楽しみいただけます。

2025年7月に開催した「ダイナースクラブ フランス パティスリーウィーク 2025」でも参加されており、イートインでもお邪魔してきました。

営業時間・価格

営業時間:11:00~21:00

イートイン:13:30~16:00(L.O. 15:30)

価格:プティガトー:1,100円(税込) / イートイン(ケーキセット):2,200円(+12%サービス料)

時代を超えて生き残る「クラシック」を創造しようとする浅井シェフの揺るぎない意志に満ちた世界観を、ぜひご自身の五感でご体感ください。