
春のアフタヌーンティー特集は、すでに各所で出揃った感があるかもしれません。しかし、私がどうしてもこのタイミングで、単独の記事として紹介したかった場所がある。それは、麻布台ヒルズの開業とともに誕生し、今や東京のラグジュアリーシーンに欠かせない存在となった「ジャヌ東京」だ。

世界初のジャヌプロジェクトとして産声を上げてから数年。その斬新なコンセプトが街に馴染み、深化を遂げた今だからこそ、桜が咲き誇る季節から眩い新緑へとバトンが渡される「移ろい」の表現に、比類なき円熟味を感じる。今回は、ペストリーシェフ・野口ゆきえ氏が紡ぐストーリーと共に、私が改めて「ホテルスイーツの理想像」を確信した理由を深掘りします。
光と風が抜ける、麻布台の「魂(ジャヌ)」

麻布台ヒルズ「レジデンスA」タワー。先見的なビジョンで知られるペリ・クラーク・アンド・パートナーズが設計したこの空間に、ジャヌ東京はある。

5階の「ジャヌ ラウンジ & ガーデンテラス」へ足を踏み入れると、まず圧倒されるのはその天井高と、窓一面に広がる「グリーン&ウェルネス」の景色だ。
ジャン=ミシェル・ギャシー率いるデニストン設計事務所が手掛けた空間は、ラグジュアリーでありながら、どこか人々の交流を促すような「動」のエネルギーに満ちている。

サンスクリット語で「魂」を意味する「ジャヌ」。その名の通り、ここは訪れる人の魂を解き放つような、圧倒的な開放感に包まれている。
調香の魔術:野口ゆきえ氏が描く「ボタニカル・ガストロノミー」

現在、この舞台で提供されているのが「スプリングブロッサム アフタヌーンティー」。ジャヌ東京のスイーツを語る上で欠かせないのが、ペストリーシェフ・野口ゆきえ氏の存在だ。
ラグジュアリーホテルでのキャリアを積んできた野口シェフが大切にしているのは、「自然のリズムに耳を傾け、生産者とのつながりを形にすること」。彼女の作るスイーツには、単なる「映え」ではない、素材のバックグラウンドを感じさせる繊細なストーリーが宿っていた。
1階の「ジャヌ パティスリー」でも一貫されている「精製糖を極力使わず、キビ砂糖やナチュラルシュガーで素材の輪郭を際立たせる」という手法が、このアフタヌーンティーの細部にも息づいている。
『スプリングブロッサム アフタヌーンティー』

価格: 平日 8,800円 / 週末 10,100円(税・サ込)
提供期間: 2026年4月1日 (水) 〜 5月10日 (日)
提供時間:12pm – 5pm (12pm-、12.15pm- 、3pm-、3.15pm- の2時間制) ※要予約
提供場所:ジャヌ東京 5階 「ジャヌ ラウンジ & ガーデンテラス」
ご予約:https://www.tablecheck.com/ja/janu-tokyo-lounge-bar/reserve/message
内容:
<スイーツ>パンナコッタ エルダーフラワージュレ、グレープフルーツタルト、ラズベリーローズロールケーキ、桜とルビーチョコレートムース、ココナッツブランマンジェ バタフライピージュレ、ラベンダーとホワイトチョコレートのタルト
<セイボリー>ズワイガニとカシューナッツのタルト 柚子みそ風味、シャンパンゼリーとローストハムのクリーム、ローストチキンと菜の花ピューレのオープンサンド、サーモンとスモークチーズのブーケ
<スコーン>シトラスジャスミンティースコーン、プレーンスコーン(コンディメント:苺ジャム、豆乳ホイップ、糀みつ、レモンと桜風味餡)

今回の「スプリングブロッサム アフタヌーンティー」を象徴するのは、単なる視覚的な華やかさではなく、一皿ごとに緻密に設計された「香りのレイヤード」と、食べる側を飽きさせない「テクスチャーの対比」にあります。
例えば、「桜とルビーチョコレートムース」。

今や春の定番となったルビーチョコですが、その扱いは決して容易ではありません。野口氏は、ルビーチョコ特有のベリーに似たフルーティーな酸味を「桜」の塩気や香りと共鳴させることで、既存の「甘い桜スイーツ」の縛りを見事に打ち破っています。中心に潜ませたクレームブリュレの濃厚なコクと、チェリージュレの鮮烈な酸。これらを上品な桜のムースが優しく包み込み、口内温度で溶け合う瞬間、まるで春の風が吹き抜けるような立体的な構成を完成させている。様々な素材に触れてきた彼女だからこそ到達できる、自由で先鋭的な発想の賜物と言えるでしょう。
緻密なギミックと「遊び心」が交差する瞬間として今回特に心を掴まれたのが、グラスデザートの対比と仕掛けだ。

まず、視覚的なクライマックスを演出する鮮やかな青の「ココナッツブランマンジェ バタフライピージュレ」。別添えの透明なソースをかけると、バタフライピーが反応し、ゆっくりとピンク色に染まっていく。

この視覚的な変化は、まさに春の空が夕焼けに染まるような、または蕾が花開く生命の神秘を想起させ、テーブルを囲む者たちの会話を一層弾ませるのだ。
下のココナッツブランマンジェの重厚感。軽やかなトップのジュレに対し、しっかりとしたボディを持たせることで、一皿の中での重量バランスを完璧に整えています。
一方で、同じジュレ系でも「パンナコッタ エルダーフラワージュレ」は全く異なるアプローチで「触感」に訴えかける。

こちらはエルダーフラワーの清々しいマスカットのような香りを閉じ込めつつ、ジュレ自体にあえて微細な食感を残すことで、滑らかなパンナコッタとの間に心地よい違和感を生み出しています。

この微細なリズムの違いが、食べ進めるごとに新たな発見を与えてくれるのです。
また、「ラベンダーとホワイトチョコレートのタルト」の構成も秀逸。
ホワイトチョコレートムースの柔らかな甘みの下に、ラベンダーをインフューズしたチョコレートクランチを敷き詰めることで、「ザクッ」とした力強いアクセントを付与。フローラルな香りが、この食感のインパクトと共に鼻腔へと抜けていく設計は、まさに「香りを食べる」体験そのもの。
私が今回の体験で、ここを「理想像」だと確信した最大の理由は、野口シェフが提唱するウェルネスへの深い洞察にあります。
アフタヌーンティーという文化は、時としてその糖分や脂質の多さから「重さ」を感じさせてしまうことがあります。しかし、野口氏のクリエイションには、ヴィーガン対応のショコラや、精製されたホワイトシュガーを極力使わず、キビ砂糖や黒糖といったナチュラルシュガーで甘味の深度を調整する、細やかな配慮が貫かれているのです。
その真骨頂が、スコーンに添えられた「豆乳ホイップ」と、日本古来の甘味である「糀みつ(こうじみつ)」。

伝統的なクロテッドクリームの油脂感に代わり、軽やかでいてコクのある豆乳ホイップを。そして砂糖の直接的な甘味ではなく、発酵の力で引き出された奥行きのある糀の甘みを。「おひとりでも多くの方に安心してお召しあがりいただけるものを」という彼女の願いは、単なる制限食の追求ではなく、「食後の体が驚くほど軽やかである」という、新世代のラグジュアリーの形を見事に証明していました。
ジャスミン香るスコーンに、糀のまろやかな甘みが重なった瞬間、アフタヌーンティーは単なる娯楽を超え、心身を整える「ウェルネス・ガストロノミー」へと進化したのだと確信したのです。

変わりゆく季節の、終わらない誘惑
「ジャヌ東京」のアフタヌーンティーが面白いのは、街の成長と共に、その表現がより深く、よりダイレクトに五感へ訴えかけてくるようになったことだ。

それは、単に空腹を満たすための時間ではない。野口シェフが紡ぐ素材のストーリーに耳を傾け、光あふれる空間で自分自身の「魂(ジャヌ)」を解き放ち、明日への活力をチャージするための、極めて現代的な儀式である。
5月10日までのこの「花の宴」を堪能した後、次はこの場所でどんな「新緑の物語」が紡がれるのか。訪れるたびに私たちの感性を軽やかに更新してくれる。ジャヌ東京が提示する「ウェルネス・ガストロノミー」は、今、まさに東京のティータイムに、美しくも鮮烈な新たなスタンダードを確立しようとしているのです。