
夏の陽光が、近代パティスリーの祖アントナン・カレームが愛した白く気高いビスキュイのように街をラッピングする7月。パティスリーのショーケースが、一年で最も建築的な美しさを湛えて輝く季節がやってきました。
2026年7月1日(水)から31日(金)までの1ヶ月間、全国で開催される「ダイナースクラブ フランス パティスリーウィーク 2026」。
第6回目を迎える今年は、参加店舗数が過去最多の488店舗に到達。首都圏から地方、そして被災地・北陸へと支援の輪を広げ、日本のパティスリー業界がかつてない団結力で贈る、真夏のガストロノミー・プロジェクトです。
単なるイベントに留まらず、次世代への継承や社会貢献の精神を礎としながら、今年の主役として選ばれたのは、フランス菓子の美学を象徴する「シャルロット(Charlotte)」だ。
「FRANCE PÂTISSERIE WEEK(フランス パティスリーウィーク)」とは
本イベントは、フランス料理文化を牽引する「フランス レストランウィーク」の姉妹イベントとして2021年に誕生しました。「全国のパティスリーを応援する」「フランス伝統菓子の魅力を再発見する」という不変のモットーのもと、毎年一つの共通テーマ菓子に挑むのがこのウィークの醍醐味。

本イベントの特別協賛を務めるのは、「ダイナースクラブ」。昨年、世界で75周年、日本で65周年という記念すべき節目を迎えたダイナースクラブは、レストラン優待をはじめとした充実のグルメサービスを通じて、会員に多彩な食体験を提供し続けてきた、食のラグジュアリーを知り尽くすクレジットカードブランドです。パティスリー業界への支援もまた、同ブランドが大切にしてきた食文化継承の一環と言えるでしょう。
発表会では、フランス菓子・フランス料理研究家であり、本イベントのアンバサダーを務める大森由紀子氏が登壇。これまでのテーマ菓子が持つ豊かな歴史的背景を紐解き、この祭典の文化的な意義を深く解説しました。

第1回「パリ・ブレスト」から始まり、「ミルフィーユ」「エクレア」「サヴァラン」、そして昨年の「サントノレ」に至るまで、それぞれがフランス菓子の歴史においていかに重要なマイルストーンであったかを強調。そして、第6回となる今年、満を持してスポットライトを浴びるのは、気品あふれる貴婦人の帽子を彷彿とさせる『シャルロット』です。

ビスキュイの軽やかな食感と、リボンに込められた職人の手仕事が、真夏のティータイムを優雅に彩ります。
■ 職人の手仕事が結ぶ“至高の造形美”、今年のテーマは『シャルロット』

大森氏が語ったように、今年のテーマである『シャルロット』は、フランス菓子の進化を象徴する存在です。

その歴史を紐解くと、18世紀後半のイギリスで、ジョージ3世の王妃シャルロットに捧げられた温かなパンのデザートがそのルーツにあります。

しかし、この素朴な家庭菓子を、現代に通じる「建築的パティスリー」の芸術域まで高めたのが、19世紀パティスリー界の巨星アントナン・カレームです。
カレームは、それまでのパンに代えて、自ら考案した「搾り袋」を駆使したビスキュイ・キュイエール(指の形のビスケット)を型の周囲に整然と並べる手法を確立しました。内部には、なめらかな口どけのバヴァロワを流し込み、気品あふれる冷製アントルメへと劇的な進化を遂げさせたのです。
カレームの偉大さは、単なるレシピの改良に留まりません。彼はパティスリーを「建築の主たる枝」と定義し、シャルロットの側面を構成するビスキュイの幾何学的な整列美を、まさに建築の柱のように捉えていました。その端正な構造を崩さぬよう、最後に可憐なリボンでギュッと束ねる仕上げは、職人の緻密な計算と慈しみが凝縮された「完成の儀式」とも言えます。
伝統とは単に古いものを守ることではなく、常にその時代の感性で更新されるもの――。
今回のプレス発表会では、このカレームが遺した「様式美」という名の挑戦状に対し、現代のパティシエたちが、令和の感性と技術でどのように「解」を出したのか。
伝統を継承しつつも、素材の組み合わせや食感のコントラストで驚きをもたらす、トップシェフたちの鋭い解釈の数々をご紹介します。
■時代を牽引するトップシェフたちが贈る「令和のシャルロット」解釈

今回の発表会では、伝統を重んじながらも、現代の嗜好や環境に即した革新的なアプローチが数多く提示されました。登壇したシェフたちの情熱が込められた作品群をご紹介します。
祈りと革新、伝統と地域素材の共鳴――辻󠄀口博啓氏が結ぶ「支援のリボン」
令和6年能登半島地震の被災地支援を掲げる今大会において、石川県出身のトップパティシエ、辻󠄀口博啓氏が発信するメッセージには特別な重みがあります。

辻󠄀口氏は、自身の原点である自由が丘の「モンサンクレール」を筆頭に、ショコラ専門店、和スイーツ、さらにはパティスリーに併設された上質なサロンスペースなど、現在ではコンセプトの異なる多彩なブランドを全国に展開。素材の探求と地域振興をライフワークとする辻口氏にとって、今回のテーマ「シャルロット」は、北陸の豊かな素材に新たな生命を吹き込むための、至高のキャンバスとなりました。

今回のプレス発表会では、数あるブランドの中から「ショコラ」「独創性」「郷土愛」を象徴する3ブランドが、それぞれの個性を投影したシャルロットを披露。
1. 【ショコラの探求】LE CHOCOLAT DE H(ル ショコラ ドゥ アッシュ)
作品:『シャルロット ポワール』

埼玉・吉川美南にショコラ ラボを構え、銀座や渋谷など時代の先端を行く街に展開するショコラ専門店からは、辻󠄀口氏と共に登壇した実力派・川端慎也氏が手掛けた、次世代のスタンダードを見据えた一皿が披露されました。
洋梨のジューシーな甘さに、能登産「そば蜂蜜」の黒糖のような深いコクを重ねた構成。ショコラブランとバニラのムースに、ポワールのコンポートジュレと蜂蜜のクレームを合わせ、カカオパルプの酸味がそれらを引き立てます。特筆すべきは、カカオハスク(カカオ豆の殻)を練り込んだビスキュイ。通常廃棄される素材を再利用し、独特の香ばしさと奥深い余韻を生み出すサステナブルなアプローチは、ショコラ専門店ならではの矜持を感じさせます。
2. 【辻󠄀口氏の原点】Mont St. Clair(モンサンクレール)
作品:『シャルロット ほうじ茶セザム』

辻󠄀口氏の原点であり、日本のパティスリー界を牽引し続ける自由が丘の名店「モンサンクレール」からは、石川県が誇る「加賀棒茶」を主軸に、和の精神をフランス菓子へと昇華させた独創的なシャルロットが登場。

焙煎された芳ばしい香りのビスキュイやムースショコラに、濃厚な黒ごま入りのつぶあん、さらに驚きをもたらすのが「甘じょっぱいみたらしジュレ」のアクセントです。バナナペーストが全体を調和させ、和素材の力強さとフランス伝統菓子の洗練が一体となった多層的な味わいは、デセールのような、繊細な奥行きが感じられます。
3. 【能登の魂】LE MUSEE DE H(ル ミュゼ ドゥ アッシュ)
作品:『シャルロット パルマ』

石川県内に店舗を構え、地元の至宝とも言える素材をアートのように表現するブランド。本イベントにおいて最も深い「復興への祈り」が込められたこの作品は、その独創的なフォルムが鮮烈な印象を残します。
最大の特徴は、伝統的なシャルロットの概念を覆す独創的なフォルム。
ビスキュイを外周に張り巡らせる既存の「型」に捉われず、純白のクレームシャンティやムースの上に、ふんわりとした丸いビスキュイを立体的に配した、まるで貴婦人の帽子に添えられた羽根や装飾を思わせるモダンな姿をしています。
主役となるのは、能登柳田産の瑞々しいブルーベリー。レモンバーベナ(ヴェルヴェーヌ)が香るショコラブランのムースに、ブルーベリーのジュレやカシスクリームを重ね、爽やかな酸味を構築しています。 さらに、土台となるビスキュイには「生姜(ジャンジャンブル)」と「レモン(シトロン)」を効かせ、珠洲の塩や能登ワインといった郷土の素材が、味わいに深い奥行きを与えています。
能登の風土が育んだ輝きをこの優雅な一皿に閉じ込めることで、被災地への継続的な支援とエールを、視覚と味覚の両面から表現しています。
【目黒の伝統職人が魅せる素材の対話】長島 正樹 氏(L’Artisan Moderne)
目黒で長年、フランス菓子の正統を追求し続けてきた長島正樹氏。彼が今回の『シャルロット』で提示したのは、伝統への深い敬意をベースに、素材の「国籍」を越えて調和させる、極めて知的な再構築でした。

私が注目したのは、シャルロットの心臓部ともいえるバヴァロワの再定義です。
長島氏は、伝統的なアングレーズベースのバヴァロワではなく、あえてガルバーニ社のマスカルポーネを主軸に据えました。しかし、それは単なる代替ではなく、マスカルポーネが持つミルキーなコクを、フランス菓子の端正なテクスチャーへと昇華させるため、同じイタリアの土壌が育んだバルサミコで煮込んだイチゴのコンポートをマリアージュさせたのです。

バルサミコの微かな酸味と熟成感が、イチゴの甘みを官能的なまでに引き立て、マスカルポーネの濃厚な脂質をキレのある後味へと導く。この「酸とコクの精密な設計」こそ、長島氏の真骨頂と言えるでしょう。

さらに、盛り付けにおいても「二部構成」というアプローチを採用。一口目にはビスキュイの軽やかさとクリームのフレッシュさが広がり、食べ進めるうちに中心部のコンポートが溶け出し、重層的な味わいへと変化していく。それはまるで、一つのガトーの中に「時間軸」を封じ込めたかのような体験です。
伝統的なフランス菓子の「型」を守りながら、素材のポテンシャルを極限まで引き出し、現代的な軽やかさと奥行きを共存させる。長島氏の作品は、まさに「アルチザン・モデルヌ(現代の職人)」という店名を体現する、技術と感性の結晶でした。
【ショコラの極北、温度差で描く刹那の美】小熊 亮平 氏(Pomme Rouge ポムルージュ)
世界大会での準優勝経験を持ち、千葉県柏市に自身の店を構える小熊亮平氏。

あえてフルーツをメインに据えず、誕生40周年を迎えたヴァローナ社の伝説的ブラック・チョコレート「グアナラ(カカオ70%)」のポテンシャルを極限まで引き下げた、圧倒的な存在感を放つ『シャルロット』を披露しました。

小熊氏の解釈が光るのは、その徹底した「温度とテクスチャーのコントロール」、そしてカットした瞬間に現れる完璧な造形美です。外側を囲むのは、カカオの芳醇な風味を湛えたビスキュイ。表面は鏡のように艶やかなグラサージュショコラで覆われ、シックなショコラのディスク(円盤)と瑞々しいミュール(くわの実)が芸術的なコントラストを描きます。
そして、このガトーの真骨頂はその「断面」の緻密なレイヤードにあります。
美しいグラサージュの下には、驚くほどなめらかなグアナラのムースショコラ。その内部には、ミュールの鮮烈な酸味を凝縮したディープパープルのジュレが走ります。さらに特筆すべきは、センター(中心部)の仕掛け。あえて「緩め」の最適なテクスチャーに設定されたセンターのクレームが、口に含んだ瞬間にグアナラの上質なカカオの脂質と共に一気に溶け出し、ミュールのシャープな酸味と官能的に一体化します。

「伝統的なシャルロットの骨格を保ちながら、いかに口中での融点を下げるか」という、コンクールを戦い抜いてきた小熊氏ならではの数学的ともいえる緻密な構成が、食べる者に鮮烈な感動を刻みます。
【ラグジュアリーなアロマ、五感を震わせる余韻】野口 ゆきえ 氏(ジャヌ パティスリー)
ラグジュアリーホテルでの豊富なキャリアを経て、ジャヌ東京のペストリーシェフに就任した野口ゆきえ氏。

彼女が今夏の「フランス パティスリーウィーク」のために創り上げたのは、『Flora(フローラ)』と名付けられた、圧倒的に華やかなアロマを纏ったシャルロットです。

作品名の「フローラ」は、フランス語で“花の女神”を意味します。その名の通り、まるで花束を贈られた時のような高揚感をもたらすこのガトーは、旬を迎えた「桃」の瑞々しさと、ダマンフレールの象徴的なフレーバーティー「No.315 BALI(バリ)」の精緻な調和によって誕生しました。

野口氏が選んだ「バリ」は、中国煎茶とジャスミン茶をベースに、ライチ、グレープフルーツ、そしてバラの香りを纏わせた、東洋のエキゾチズムを感じさせる銘柄です。桃の繊細な甘みを、この多層的な香りのヴェールが優しく包み込み、鼻を抜ける瞬間の芳醇なアロマは、まさにジャヌ東京のサロンドテで提供されるデセールそのものの気品を放ちます。
「香りを食べる」というシャルロットの新たな一面を切り拓いた野口氏のアプローチは、日本の蒸し暑い夏を、花の女神が舞い降りたかのような涼やかで優雅な時間へと変える、至高の一皿(1,200円(税込み)テイクアウト / 1,400円(税・サ込み)イートイン)でした。
【東麻布から発信する、軽やかさへの機能的回答】宮地 弘毅 氏(Pâtisserie Ondine パティスリーオンディーヌ)
港区東麻布に店を構え、フランスM.O.F.シェフの右腕として腕を磨いた宮地弘毅氏。

桃・ライチ・紅茶というオリエンタルな構成の中で、彼が投じた最大の一石は「生地にごま油を使用する」という驚くべき技法でした。

底生地のビスキュイスフレは、動物性油脂の一部を、ごま油(太白)に置き換えることで、夏場でも「重くない、しかし、もちっとした特有の保水感」を持つビスキュイを実現。これは単なる素材の奇策ではなく、日本の過酷な真夏において、お客様が最後まで美味しく食べ切れるための「機能美」としての選択です。

「現代のパティシエは、気候や健康意識という環境変化にどう答えるべきか」。宮地氏のシャルロットは、そんな問いに対する一つの明確な、そして極めて美味しい「回答」となっていました。
【若き才能が紡ぐ、桃の生命力の共演】石渡 未来 氏(Pâtisserie Plaisiraile パティスリープレジレイル)
代沢に店舗を構え、国内外のコンクールで輝かしい実績を持つ石渡未来氏。

彼女が披露したのは、フランス産の赤桃と白桃という、性格の異なる2種のピューレを贅沢に使い分けた、桃のダイナミズムを感じさせるシャルロットです。

石渡氏のこだわりは、夏の陽光を浴びた桃の「瑞々しさと生命力」の再現にあります。ピューレをただ混ぜるのではなく、それぞれの個性が活きるよう、バヴァロワとジュレの構成に落とし込み、国産のフレッシュな桃を使い切る。
若手実力派として注目される彼女の、素材に対する真っ直ぐな情熱と、計算された清涼感が同居する、希望に満ちた作品でした。
488通りの「シャルロット」が拓く、日本のパティスリーの新たな地平

大森氏が語ったように、フランス菓子には一つひとつに「血の通った歴史」があります。その守り手であるパティシエたちが、488通りの解釈で挑む2026年の『シャルロット』。
プレス発表会の最後に並んだ色とりどりのシャルロットを眺めながら、私は確信しました。このイベントは、単なる夏季の販促キャンペーンではないことを。それは、488人もの表現者たちが、歴史という名の巨大な壁に挑み、自らの「解」を提示する、極めて真剣な技術的挑戦の場であるということです。
登壇したシェフたちの言葉の端々には、近代パティスリーの基礎を築いたアントナン・カレームが遺した「様式美」への深い敬意と、その伝統を2026年の感性でいかに鮮やかに塗り替えるかという、熱烈な探究心が宿っていました。

シャルロットを象徴する、周囲を束ねる可憐なリボン。 それは今、個々のシェフが磨き上げた「技」と、能登半島地震の被災地へ寄せる切実な「祈り」、そして日本のパティスリー文化を次世代へ繋ごうとする「覚悟」を一つに束ねる強い絆となっています。

夏の湿気や高温という、日本のパティシエにとって最も過酷な条件下で、いかにビスキュイの鮮度を保ち、バヴァロワの口どけを最適化し、地域素材の生命力を引き出すか。
488店舗、488通りの『シャルロット』が全国のショーケースを飾るこの1ヶ月は、日本のパティスリー界の層の厚さと、逆境を創造力に変える職人たちの底力を、世界に向けて証明する時間となるでしょう。
リボンの先に待っているのは、昨日までの限界を軽やかに超えていく、日本のフランス菓子の進化そのものです。
2026年7月、私たちは全国の店頭で、職人たちの「意地と誇り」が結実した至高の造形美を、その熱量と共に受け取ることになります。
さあ、美しく結ばれたリボンの先にある、488通りの新しい物語を味わいに。この夏、あなたを待っている『運命のシャルロット』に出会うための旅へ、一緒に出かけませんか。